沖縄オタク生活 Ver.ふらびゅう沖縄 第3回


【健兄視点】沖縄のアニソン系イベントの歴史

前回の記事がアクセス高いんですというお声をもらいました。まとめ系は強いですね。
同時に、今後私が書く記事のハードルが上がっているので、負けないように今日も綴ります。

今回は、私が沖縄でどんなオタクカルチャーに触れて、どんなオタク活動をしてきたか、どんなイベントを主催してきたかなど話していきたいと思います。

私が沖縄で本格的にオタクカルチャーで遊び始めたのが2009年12月頃。
この頃に沖縄の国際通りで、エンターテイメントカフェCandyができ、そこに頻繁に通うようになったことがスタートです。

こちらのお店は、沖縄では最初の本格的コンセプトカフェだ。アニメや漫画等のオタク系コンテンツが好きな方をメインの対象としたオタクが集まるエンターテイメントスポットだった。
お店のスタッフもアニメやゲームのコスプレ、お店が指定した制服で出勤しており、お店に来たお客さんたちをトークで楽しませたり、1日2回のスタッフによるアニソンライブステージでお客さんを喜ばせていた。

僕が沖縄のオタク現場ルーキーの時代、実はもうその時代には、個人が主催するアニソン系のイベントがあった。

「特区G(現在のTKG)」「バーサク」といったアニソン系のイベントは当時から存在し、当時の大学生から少し上の世代の熱狂する場となっていた、

今でいうアニクラ(アニソンばかり流れるクラブイベント)スタイルは、もう10年以上前から沖縄に存在し、そこでアニソンのコピーをする地元のバンドマン、アニソンで踊るニコニコ発の踊ってみたカルチャーも沖縄で存在していた。

オタ芸なんていう独特のカルチャーも沖縄でも少数ながらいたし、私もそれが出来た少数の人間だった。むしろオタク現場で、オタ芸をやるしMixというアイドルライブなどでみられる独特のコールを積極的にやっていたので、私は最初は否が応でも目立つお客さんだった。

そんな私の転換期が2011年8月に主催する「アニレボリューション21」というイベントだ。初めてお客さんから、お客さんを楽しませるイベント制作側に回ったのだ。

場所が那覇市松山のナムラホールという最大キャパ1000名超えの、県内でも有数のライブホールなのだが、そこで1000名超えを狙うという無茶なイベントを主催として動くことになった。

このイベントには多くの人との絡みがあり、複雑な体制が動いた企画で、イベント制作をやったこともなければ、クラスのリーダータイプでもない私が実行委員を作りまとめるという、今考えても結構重荷でやっていたなと感じる。なんたってイベント関係者100名を余裕で超えている。それはもう大変だった。

そしてこれが当時のイベントの写真だ。

おかげさまで、1000名は行かなかったが、集客で700弱、関係者入れると800名を超えるイベントとなった。なんとか成功といえる数にはなった、

マジで実行委員みんなの力のおかげであり、出演者の助けだった。

このイベントは周りから滑るなんて言われて、スポンサーからもすごくプレッシャーをかけられており、イベント後は沖縄に居れないんじゃないかと不安にもなっていただけに、集客数、売上の面で、首の皮一枚繋がったという結果に落ち着き、私個人のイベントの感想は「助かった」だった。笑

イベント後は、しばらく沖縄でイベントをするのはいいやと思ったのだが、複数のイベント会社からイベント制作の依頼が来ていた。上記のイベント制作が普段の仕事にも影響が出るほど大変だったので、当時は断ることが多かったが、小さいイベントはいくつか手助けしていた。

2012年。私は初めて演者側としてステージに立つ。Candyで知り合った人たちとアニソンのコピーバンドを組み、ライブを果たした。

デビューライブは、今はなき沖縄の伝説のライブハウス「HUMAN STAGE」。
バンド名は「The StriperZ」という名前で、ベースが縞縞模様のパンツかぶってライブするからお客さんも縞々のパンツを被ってライブを応援するというカオスな空間ができるライブだった。

当時デビューライブでやったセットリストが僕の記憶ではこれ。

 ・英雄
 ・曇天
 ・Don`t Look Back in Anger
 ・U&I
 ・ふわふわ時間

今見ても懐かしい。アニソンコピーバンドと言っているのに、ウルトラマンの曲や全然オタク関係ない曲やってたり無茶苦茶だ。笑
2012年当時、沖縄のアニソンバンド界隈はけいおんコピーブームがあったので、その時の匂いをセトリで感じざるを得ない。

そして、このバンドはおかげさまでデビューライブ以降、1年間毎月ライブするくらい多くのイベントに出た。と言っても当時、アニソンをコピーするバンドのライブが多く、あっちこっちでイベントがあった。今よりアニソンをコピーするバンドが多かったし、大学生世代にブームが起きていた感じである。

私はアニソンイベント主催から、アニソンバンドマンというポジションに傍目的にスライドしていくのだが、国際通りにできたNAHACHOP CAFEというお店でニコニコ生放送主になる活動も始まる。

ここは、お店自体が、ニコニコ生放送をお店のメインサービスとして届ける飲食店で、生放送をする配信機材とステージがあるお店だった。

このお店で私は、沖縄のサブカルチャーを放送するという番組を週に一回生放送していた。番組の放送は100回を超えたし、視聴者も1000名超えたり、凄い時はいわゆるコメントで画面が見えなくなる弾幕というものが来るぐらい盛り上がる時もあった。

そして、2014年、私は久しぶりに大きなイベントを主催する決意を立て、アニマゲドンというイベントを立ち上げる。

このイベントは当時のニコニコ生放送の仲間や周りにいた友達を集めて作ったイベントだった。

イベント主催が2回目ということで、少しは立ち回りができるようになってはいたが、少しプライドが出たり、自分の強い考えを譲れないところ、プライベートのことで余裕もなくなったこともあり、イベントは蓋を開けると大きな赤字で泣く泣く20万ちょっとの身銭を切った。

イベントに来たお客さんは楽しんでもらったと思えるが、イベンターとして赤字を出すことは正解ではないと強く思った。そして、実行委員メンバー何名か揉めた。今考えると他のやり方や謝りたいこともあるのだが、まだ若い僕には出来なかった。
(どこかで会う機会があれば素直に謝りたいのだが、それは縁があれば来るのかもしれないと思い、これかもら胸に秘めておきたい)

でもこのイベントは以降、毎年1回開催していく。それはイベント出演者がステージの上でキラキラ輝く姿に、僕は自分で謎の使命感を抱いたからだ。僕はもっとこういうことをやらなきゃいけない。僕がやらなきゃこういう人たちが喜ぶ場所がどんどん無くなっていく。

そしてそれに魅了され、自信を持ってオタク活動していい!と夢もてるチャンスを根絶やしにしてはいけない。
私は小さな人間だが、小さな人間なりに、少し大きな使命を抱え、次の活動に繋がっていく。

次はアニソンガールズユニットのマネージャー編なのだが、長くなってきたので来月へと持ち込ませていただきます。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

+++最後に☆今回の宣伝+++
実は私はゴロニャーズという名前でのYoutube活動をしており、最近踊ってみた動画を何本か上げています。
せっかくなので最近いい感じに撮れた動画のリンクを2つ紹介するので、もしよければご覧ください。
気にいってもらえたのなら高評価・チャンネル登録もお願いします。笑

暴太郎戦隊ドンブラザーズ!OP踊ってみた!(※眼鏡スーツが私です)
https://youtu.be/KOiOoMIuZVQ
デリシャスパーティ♡プリキュア【OP】踊ってみた♪
“Cheers!デリシャスパーティ♡プリキュア”
https://youtu.be/m_y3-dAW4Fs

■筆者information
【健兄・Twitter】@funnybunnyken
【店舗・Twitter】@soundsgood0915
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