人生七転び八起き Vol.5


★コラム5(石◯中学校)

【プロローグ】
1学期の男子級長ケイは、水泳部のエースで九州大会出場経験のあるスポーツ少年でしたが、実は不良グループメンバーという部分も持っていました。1学期は幾度となく彼と衝突し、振り回されることになりました。
問題行動をとる生徒は学級に男女含めて7人程いました。いわゆるヤンキーってヤツですよ。
3月までは愛らしい児童に囲まれた夢のような生活だったのに、そこから一変し「ここは極道の世界なのか?」と見間違えるような中学校に来てしまいました。ガーン!

【いただきます】
それはまず給食時間に起こりました。給食当番が配膳を終え、いよいよ食べるぞという場面、私が「合掌」と号令を掛けると教室中がシーンと静まり返りました。
「えっ?何で…」
私には意味が分かりませんでした。小学校では日直や給食係りの児童が「手を合わせてください、いたーだきます」と号令を掛けていました。中学生になると号令を掛けるのは恥ずかしいだろうと思い、私から掛けたのでした。
ケイが「そんな幼稚なことできるか」と言ったので、「じゃあ、食うな」と私が言うと、怒ったケイは教室を出て行きました。結局、私は負けを認めて生徒がこれまでやってきた方法へ戻し、新学期早々に中学校の洗礼を浴びてしまいました。
これまで小学生相手だったので、ちょっとした間違いも言葉で取りつくろうことができましたが、中学生には通用しません。しっかりと言葉と態度で納得させなければなりません。
「大変な所に来てしまったなー、大丈夫かなぁ〜?」と不安なスタートを切ったのでした。

【部活指導】
部活指導でも悩みました。私は女子ハンドボール部の顧問を務めましたが、ハンドボールの経験は高校・大学時代に体育の授業でかじった程度の初心者でしたので、特に3年生は私の指導に一切耳を貸しませんでした。これはとても辛かったです。
練習を見ながら、何のために自分はこの場にいるのかと自問自答をしていました。少しでも仲良くなるため、練習後には近くの海へ連れていったりしたこともありました。
色々と擦った揉んだはありましたが、この頃のメンバーから1人が後に日の丸を背負う名選手となったので、彼女に少しでも関わることができた事実は、私にとってとても名誉なことです。

【ペコペコあいさつ】
石◯中学校の悪しき伝統である「ぺこぺこあいさつ」。
初めてその光景を見た時は意味が分からず、生徒にその理由を聞いてなんだか気分が悪くなりました。先輩が視界に入ると、首をコクッコクッと頷かなければならないそうです。何ともバカげた決まりだと思いました。
奴隷制度か?と目を疑いました。今でも続いているのだろうか? 現代の世の中には合わないよな。

【餃子祭り】
毎日、生徒指導でお疲れ気味の職員を励まそうと、同僚のウエモトが企画をしました。
彼は居酒屋でのバイトの経験があり、慣れた手付きで餃子を作っていくのでした。当時の女性職員のみなさん、男の手料理のお味はいかがだったでしょうか?

【キレイな校舎】
前年に改築工事が終わったようで、真新しい校舎を使うことが出来ました。これはとってもラッキーなことですよね。

【先輩】
R大学体育科の後輩ということで、当時は先輩教師のイシカワ先生に面倒を見てもらったり、助けてもらいました。朝飯を買ってもらったり、高級クラブにも飲みに連れていってもらいました。
私も後輩ができた時に、同じようにしてあげられるだろうか?その節は大変お世話になりました。

【採用試験】
私は7月に実施される教員採用試験で、高校での採用を受験することにしました。前年に中学校の採用試験に合格しており採用待ちの状態でした。以前から高校にも興味があったので、思い切って挑戦することにしました。
早朝6時頃に出勤し学校で勉強をしました。更に帰宅後も勉強をしていました。
この努力が実を結び一次試験は無事に合格しました。ただ一次試験には3年連続で合格していて、二次試験は一度しか突破しておらず、二次試験対策に燃えていました。

【少年の翼】
夏休みに那覇市が主催する「少年の翼」に引率教師として参加しました。
これはヤマダ校長の推薦でした。こういう実績を作っておけば、採用されやすいということでしたので、参加を快諾しました。月に2回ほど、土曜日の部活指導を終えた後に「玉城青少年の家」で開催される事前宿泊研修に参加をして、リーダー達の指導に当たりました。
モジモジしてなかなか意見を主張できないでいる高校生に「しっかりしろ、こんなんじゃ、誰も付いてこないぞ」と喝を入れたところ、彼の態度が一変したのを覚えています。

【九州大会引率】
夏休み前にまたヤマダ校長に呼ばれ、ケイの大会引率を任されました。
その時は「えーっ、採用試験があるんだけど…」と思いましたが、教え子が1番大切です。自分の都合は関係ないと割り切り、引率を承諾しました。結果的には楽しい旅行となりました。
九州大会という桧舞台で、沖縄県代表者として真剣勝負をするケイの姿に感動しました。これをきっかけに彼との距離が一気に近付いた気がしました。

【幻の採用通知】
3学期のある日、ヤマダ校長に呼ばれ「君はN商業高校に決まった」と言われました。
「えっ? でも合格したのは中学です」と答えました。
もしあの時、何も言わなかったら今頃は、高校で働いていたかもしれませんね。

【綱引き】
学年行事として「親子綱引き大会」が開催されました。
私が思い切り綱を引っ張っていると「シゲー」と声援が聞こえてきました。生徒に呼び捨てにされながらも嬉しく思いました。みんな応援ありがとう。

【推薦入学】
推薦入学では、ここに書けない場面にも直面しました。いわゆる成績改ざん問題です。これって確か公文書偽造に当たるんじゃなかろうか…
無知って恥ずかしいです、そして怖いですね。高校の先生は自分の見るチームに欲しい生徒を獲得するため、あらゆることを仕掛けてきました。
N西高校水泳部の顧問が何度も私の所に来て、「私にケイの面倒を見させてくれ」と頭を下げるんです。要は「成績を改ざんしろ」ということです。
この悪しき伝統は今もどこかで密かに行われていることでしょう。なぜなら教育界って、改革を嫌う旧態依然の体質だと感じるからです。

【モテ期】
なぜだか私、モテたんですよ。
私が近くを通る度に女生徒から「◯◯くーん」と黄色い声が聞こえてきました。私は恥ずかしさのあまり、耳を真っ赤にしながら足早に通り過ぎました。ただ若いというだけで不思議ですよね。
しかしバレンタインデーにチョコはもらえませんでした。正直、ちょっとだけ期待していました(恥)。

【校内暴力】
私と同い年の教師ウエモトの体罰がとにかく酷かった。これが結果的に3年ヤンキー連中の恨みを買い、校内暴力の原因となりました。
ある日の授業中、指笛の合図をきっかけに3年ヤンキーズが「ウエモトを出せー」と校内に来ました。授業中にもかかわらず爆竹が鳴り響きました。これが中学校なのか? 角材片手に暴れ回り、壁を蹴破り、ガラスを割っていきました。内1人は素手で割ったもんだから腕をザックリと切り、救急車で運ばれました。
自業自得。しかしお前ら、新築校舎をよくも破壊してくれたな、このバカチン共がっ!
恥ずかしながら翌日の新聞やTVで報道されてしまいました。
生徒1人ひとりが反省を述べる場面での出来事、ヤンキーズのボス猿くんがいい放った一言に、私は怒りを感じました。
「反省はしてるけど、後悔はしていない」
なんじゃ、そのどっかでパクってきたようなセリフ?そんなカッコイイ言葉を思い付く訳がない。

【メリケン粉】
平成7年頃の当時、メリケン粉は卒業式に欠かせない重要アイテムでした。(今思っても何じゃ、そりゃです)
卒業式後にヤンキーズ同士で小麦粉を掛け合う、悪しき伝統がありました。
この一晩でムダになる小麦粉は、誰がどのように集めるのかご存知でしょうか? 幹部と呼ばれる3年生ヤンキーズが、1〜2年生ヤンキーズに「いついつまでに何袋集めろ」と命令をするのです。次に後輩ヤンキーズは同学年の生徒に、同じように指示を出すのです。
結局は全く関係のない生徒がお小遣いや家の金を盗んだりして、小麦粉を購入し後輩ヤンキーズに渡すのです。まさに負の連鎖です。
2年生ヤンキーズの中には「自分は関わりたくない」と言って、教師に助けを求めてくる生徒もいたんです。こういう生徒は数日間は学校を休ませて、遠隔地にある親戚の家にかくまってもらっていました。
卒業式前日の夜はPTAで校区内をパトロールしました。特にS霊園は念入りにチェックしましたが、全ての小麦粉を見付けることはできませんでした。
結局、卒業式の夜には学校近くのS霊園に、雪ではなく小麦粉が降りました。翌日にヤンキーズと保護者が清掃をしました。親がこのふざけた行為を認めるなんて、ホントバカげています。何と非生産的で愚かなことでしょう。私は未だに理解不能です。

【卒業式】
ヤンキーズにとって卒業式は一大イベントでした。
卒業証書授与の場面で1組の生徒が起立し、そこで「担任に感謝の意を述べる学級アピール」を始めました。これは誰も止められません。順を追って私の受持つ組の番が来ると、同様に生徒からのアピールが始まりました。顔では「あちゃーやめてくれー」という表情をしつつ、心の中では「うしし」と喜んでいました。1年間苦労したんだから、これくらいは許されるでしょう?ハッキリと聞き取れない部分もありましたが「先生ありがとう」と言っていたと思います。
「3年5組」と呼ばれた後、パンパンと音が鳴りました。事前に持ち物検査はやったんですけどね。あのクラッカーはどうやって持ち込んだのかなぁ? ずっと疑問に思っています。恐らく後輩を使って、会場に持ち込んだんじゃないかと予想しています。
式典の最中なのに壇上で派手にアピールをして、引きずり下ろされる生徒の姿に驚きました。かつての荒れた成人式の風景に似ているなと思いましたが、それもそのはず。彼らが5年後に暴れる訳ですから…。いわばこれは成人式の予行練習です。

【コンサート】
卒業式の後、ヤンキーズは近くの公民館でコンサートを開きました。
私も見に行ったんですが、コレが目も当てられないくらい下手くそなんです。それを見ている女生徒はキャーキャーと騒いでいるんです。私は意味が分かりませんでした。

【特攻服】
卒業式後にヤンキーズは刺繍入りの特攻服に着替えて、そのイベント(コンサートやメリケン粉かけ)に参加します。
この特攻服を買うためのジンカメー(金銭せびり)が横行していました。これって立派な犯罪ですよね。特に刺繍代が高いんです。確か一着数万円したと思います。中学生がこんな大金を準備できる訳がありません。

【焼肉】
卒業後に生徒がクラス会(焼肉)を企画してくれました。
しかし、偶然その日は学年職員との県内一泊旅行から帰ってきた日で、私は疲れていました。そしてあろうことか居留守を使って行きませんでした。
生徒達は約束の時間になっても現れない私に、何度も何度も電話を掛けてきてくれました。「先生、何してるのー?」と留守録の声が私を苦しめました。ホント、サイテーな男だった…、ごめんなさい。
翌年、私は全生徒にお詫びのハガキを送り、妻同席の元でクラス焼肉会を開催しました。これで肩の荷がおりました。


【エピローグ】
この1年、私はこれまでの2年分は働いたような、心身共に疲弊する忙しい日々を送りましたが、今では良い思い出です。
この頃から「オレって割と学級をまとめる力ってあるんじゃね?」と、自分を過大評価するようになっていきました。その時の私は、この勘違いが大きな災いを招くことをまだ知りませんでした…。

次回は私が正式に採用された中学校でのお話です。

■筆者information

沖縄素潜り人 「 One Breath 」
【Instagram】https://www.instagram.com/onebreath_okinawa/
【Facebook】https://www.facebook.com/groups/210269949148092/?ref=share


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