人生七転び八起き Vol.9


★コラム8 ミナミダイトウ中学校 後編

【新学期】
2年目だ。さあ、やるぞ!去年以上に自分のカラーを出していきたい。今年は担任を外れたが、全体の仕事に取り組もうと思う。今年の公務分掌は生徒指導主任。以前、大失敗した生徒指導。もう一度、原点に戻る意味を込めて、自ら志願した。職責は重いぞ。

【チャレンジデー】
他府県の市町村とスポーツ参加率を競うイベント。前回経験した分、余裕を持って取り組めた。今回は大縄跳びとダブルダッチに挑戦した。

【職域対抗球技大会】
新戦力のナオキの参入で期待していたものの、ふるわなかった。しかし、卓球での準優勝は嬉しいニュースだった。

【海と私】
日頃から大変お世話になっているダイバーのヒサオさんの影響で、大東の海に潜るようになった。

【地鶏を喰らう】
夜、樹上で眠っている野生の鶏を捕獲した。私は鳥が苦手なので、怖くて触れなかった。鶏鍋は旨かった。

【ワールドカップ】
何とサッカーワールドカップが日本で開催されることになった。こんな機会は滅多にない。当初、4人兄弟で観戦予定だったが、三男ヒロの都合がつかず、代わりに従姉妹のエミを連れて行くことに決めた。

【南北交流試合】
今年はバレーボールの選手として参加した。残念ながら試合には負けてもしまったが、それよりも、村民に私の存在を認めてもらえたことが、私にとっては重要だった。

【ヤシの実】
北地区のショウシュンさんの誘いで、椰子の実を取りに行った。脚立に登ってナタ(かま)で切って取ったが、高くて怖かった。中の汁はうーん、美味しかった(?)。

【夏休み】
センターでの研修が多かった。楽しかったのは環境教育の研修だ。名護の源河川での実習はとても楽しかった。

【相撲に挑戦】
痛いのが嫌いな私は、もともと格闘技は好きではない。見るのは好きなんだが。足の怪我は痛かったが、それ以上に村民の声援が何とも嬉しかった。

【運動会】
二度目の運動会、前回の反省を生かして、5月の早い時期で提案をした。今年の目標は小中職員の連携だ。

【地区駅伝】
5月からの取り組みが花を咲かせるかな。陸上好きな同僚の協力を得ながら、こつこつと練習を重ねてきた。途中、疲れから競技力の低下が見られたが、大会は目前に迫っている。何も恐れず、無欲の気持ちで挑戦したい。初の久米島

【村駅伝大会】
見事にぶっちぎりの優勝、全員でつかんだ大きな勝利。アンカーナオキの力走が印象に残った。

【校内駅伝】
体育科は後輩のナオキは特別支援学級の担任をしていた。恐らく来年は体育教師として、採用されることだろう。そんな彼に「体育の仕事をさせたい」との願いから、この行事を構想した。

【北島へバスケット遠征】
日頃、一緒にバスケットを楽しんでいる歯医者のスズキ、技工士のサクライ、保護者のウラサキさん、後輩のナオキと共に、海人のツトムさんの船をチャーターして北島へ渡った。

【クジラとの遭遇】
クジラを見たのは、人生で2度目だった。
海面がにわかに(突然)暗く(黒く)なり、ぬうっと浮上するその姿は、まるでネッシー(見たことはないけど)。
大東に来て間もないリョースケは「ラッキーだ」と嬉しそう。近くの観光客にもクジラのことを教えていた。

【愛車の事故】
32歳の誕生日に商工会前で事故った。塩屋海岸に釣りに行く途中だった。ガリガリガリ…。恐怖のあまり、私は唖然とした。
オクヤマ社長が携帯電話で伊波重機に連絡してくれた。とても助かった。
30万かけて修理してもらった。後で考えたら、代金をもらって、買い換えたら良かったのかも…。

【おじぃの死】
老人ホームいたケンキチおじぃが3月に突然亡くなった。妻からおばぁが重い病気にかかっていると聞いていたので、私はおばぁのことを気にかけていた。
急いで本島往きのチケットを手配し、ウラサキ教頭にその旨を伝えた。
風の強い日の葬儀。火葬場で灰になったおじぃ。骨壺に遺骨を移し、最後に火葬場の職員が残った灰を無造作に掃いた。最後はゴミとして扱われる。この無常感。人間とはこんなにもちっぽけな存在なのだと思い知った。私もいつかは灰になる。どこの墓に入るのだろう。気になる。

【アイイチローの送別会】
前年同様、村の施設に宿泊。楽しかった。翌日は生徒とともに島巡り。担任のテツヤは不参加。

【卒業式前日】
恒例のサプライズ合唱イン音楽室。でも、感動はいまいちだった。

【卒業式の夜】
盛大にお祝い。去年はできなかったが、今年は全家庭を回ることができた。やったぞ。疲れた。

【離任式前日】
体育館に下がっている私の名前が書かれて垂れ幕を見て、「あー、転勤するんだなー」と思う。体育館に別れを告げるために、1人無心でバスケットのシューティングをした。2年間お世話になったね。

【離任式】
元1年1組の生徒全員に別れのメッセージ。サーキが泣いてくれた。ありがとう。感極まって足が震えてしまった。

【島との別れ】
来年こそは3年生の担任と勝手に決め込んでいた私の胸に、突然突き刺さった言葉。「○○先生は希望が叶いませんでした。次の赴任先は古◯中学校です。」泣きたい気分だった。私は呆然となって校長室を後にした。100%希望が叶うものと思っていたので驚いた。しかし、転勤という言葉が頭の中になかったわけではない。正直に言って、ここ最近は落ち着かない気分だった。私の嫌な予感は見事に的中した。

【大東神社にお参り】
2年間、楽しい生活を送ることができたことに心より感謝し、お参りした。ありがとうございました。

【最後の日】
昨日、PTA主催の送別会があり、朝まで飲んでいた。柔道部の保護者には一席設けて頂き、心から感謝している。荷物の準備と部屋の片づけを同時進行。結局は途中で断念する。忘れ物はナオキに頼もう。学校に行き、最終確認。見送りのため生徒が数名来てくれた。ナオキに学校車を運転してもらい、部屋に残してあったマイケル・ジョーダンのポスターをヨシノブにあげた。喜んでもらってくれた。いざ空港へ出発。なんだか複雑な気分だ。もう来ないかも知れない。いや、必ず来る。どっちなんだろう。あれやこれや考えていると、すぐに到着してしまった。ロビーでも気持ちが重くのしかかってくる。話せない自分。ついに時間が来てしまった。席を立つ私。生徒が近寄ってきた。ヨシノブには「来年、陸上の大会に出ろよ。待ってるから」、チヒロには「生徒会をがんばってね」、サーキには「柔道を頑張ってね」と言った。それが精一杯だった。彼女の目に光るものがあった。私の心も締め付けられた。空港を出て、飛行機までの道のり。止めどなく涙が溢れてくる。私はうつむいたまま歩き続けた。最後になって生徒のことが気になった。後方からはっきりとはしないが、声が聞こえてきた。ふと振り向くと、大きく手を振っているヨシノブとサーキの姿が目に映った。もう我慢ができなかった。私は声を殺して静かに泣いた。ありがとう。

【エピローグ】
本島に戻り、南大東での生活を回想している。あの充実した2年間を少しずつ忘れていくことが悲しい。人生の再出発を切った南大東。そこで出会った多くの島民の方々に感謝すると共に、今一度、南大東の偉大さを再認識したい。実に学ぶべきことが多かった。
いつの日かまた訪れてみたい。できれば教え子の成人式に…。

■筆者information

沖縄素潜り人 「 One Breath 」
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