人生七転び八起き Vol.11


★コラム11 N中学校

生徒指導困難校のK中学校をやっとの思いで脱出し、私は意気揚々とN中学校の校門をくぐりました。初年度は1年生の学級担任を務めることになりました。

【男女共習】
ここは体育においては先進校で、男女共学を推進し、何と水泳の授業も男女一緒に学んでいました。思春期の生徒のことを考えると「恥ずかしいだろうな」と思いましたが、当の生徒から不満の声は一切聞こえてきませんでした。むしろ、誇りに思っているようにも感じました。それって、大人じゃーん。
(離島を除いて)水泳を男女一緒に行う中学校は初めての経験でしたが、それだけ素晴らしい学校だと実感しましたし、この学校で働けて本当によかったと思いました。

【遠足】
雨の日の遠足は残念でしたが、やはり思い出に残りますね。海中道路までドライブを楽しんだ記憶があります。お昼に県総合運動公園で弁当を食べました。そう言えば、前任校のK中でもここに来たな。

【家庭訪問】
校区が繁華街ということで、駐車場のない家庭が多かったので、自転車で家庭訪問しました。スーツ姿で自転車を漕ぐ自分に若干酔っていました。「オレ、頑張ってるな」みたいな感じでした。

【部活巡り】
地区大会前に、教師陣で各部活動を回って、真剣勝負を挑みました。もう、30代。体が言うことを聞いてくれません。正直、しんどいです。ちっぽけなプライドだけで、やっています。中でも思い出に残っているのは剣道部で、5対5の団体戦をしました。体育教師&経験者ということで私は大将を務めました。部長ノナカとの戦いでは、接戦の末、やっとこさ、勝利を勝ち取りました。

【夜のプール】
体育教師ってプールを自由に使えるんですよね。ということで、素潜り仲間と夜のプールでフリーダイビングの練習をしました。都会の中のプールって、やけに魅惑的なんですよね。

【仕事帰りに飲む】
沖縄一の繁華街「松山」が校区内にあるということで、仕事帰りによく飲みましたね。いつの間にか、習慣付いてしまいました。これがいけなかった…。

【心に刺さる】
ある日、中国系の生徒が転入してきました。少し個性的なキャラだったので、周囲の生徒がからかい始めて、ついにはいじめに発展してしました。怒った両親が学校に来て、私にこう言い放ちました。「もっと、子供達のことを見てください」
言葉のナイフがグサッと突き刺さりました。
教員歴14年、私のちっぽけな自信はもろくも崩れてしまいました。自分の指導力に限界を感じました。

【退職】
10月のある日。志半ばではありましたが、急きょ、辞めることになりました。まぁ、オトナの事情ってヤツです。
詳細は書けませんが、赴任後約半年であっけなく終わってしまいました。

【その他】
とてもお世話になった保護者がお2人います。
◯キヌコさん
「沖縄の母」と慕っていました。キヌコさんは座間味島出身だったので、一緒に島へ遊びに行ったことがあります。娘さん(マドカ)とは今でもたまに連絡を取り合う仲で、前回の食事会では、彼女が「私がご馳走します」とおごってもらいました。
◯チエリさん
「釣りのことならシー◯ンド」のテレビCMでお馴染みの女性歌手チエリさん。私が落ち込んでいた時に励ましメールを送ってくれました。また、彼女の働いていたライブハウスに何度か足を運んだことがあります。娘さん(エミ)がFC琉球のチアリーダーをしていたので、彼女のパフォーマンスを見に行ったり、バイト先の居酒屋に飲みに行ったことがあります。

【まとめ】
今ならはっきりと言えます。私は教師に向いていなかった。
「好き」や「憧れ」だけじゃ、ダメなんです。生徒の成長を自分の喜びに変えられる人でないと務まらないんです。その大事な適性が私には欠けていました。
こうして、私の14年間の教員生活は幕を閉じました。
次回はその後どうなったのかについて、お話ししていきます。

■筆者information

沖縄素潜り人 「 One Breath 」
【Instagram】https://www.instagram.com/onebreath_okinawa/
【Facebook】https://www.facebook.com/groups/210269949148092/?ref=share


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