人生七転び八起き Vol.14


★コラム14 面接官(人材派遣会社)

この会社、面接で一度落とされているんですよ。その後、しばらくしてから連絡があり、再度面接を受けて採用されました。よくよく考えたら、私を試すためにわざと落としたんだと思います。質問攻めにして私を追い詰めた、あの面接が「圧迫面接」だったということを5年後に知りました。本当に嫌な面接でした。正直、キレそうでしたよ。

ということで、またまたスーツ姿の仕事に就きました。スーツって、嫌いじゃないんですよね。

この会社は愛知県に本社があり、私は沖縄支社で勤務しました。支社といっても大したものではなく、アパートの一室でした。沖縄支社にはもう1人社員がいて、この先輩が曲者でした。私が面接を受けた時に彼も同席していて、その時の私の印象を「表情が暗かった」「やる気が感じられなかった」と嫌味たっぷりに言ってくるんですよ。正直、イラッとしましたね。

業務内容を簡単に説明すると、県外で働きたい人を募集し、面接で「本当にやる気があるか」を判断し、採用した人を県外に派遣する仕事です。沖縄から愛知県に1人派遣すると、実績としてカウントされるシステムです。この実績が給料に反映されます。つまり、たくさん稼ぎたいなら、多くの労働者を派遣すればいいのです。ということで、私と先輩の実績争いが始まりました。

入社したての私が何も知らないことをいいことに、先輩は自分ばかり実績を挙げていました。ホント、こんな人とは一緒に働きたくないと思いました。それで、働きながらも次の仕事を探し始めました。

通常は会社で面接していましたが、ハローワークなどの会場に出向いて、多くの派遣会社が集まる合同面接会にも参加しました。そこで同業他社の方々と交流し、互いに情報交換するいい機会になりました。中には一千万プレイヤーと呼ばれる年収一千万円越えの方もいて、一時期は「私も彼のように稼ぎたい」といい刺激を受けましたね。

入社してすぐに、愛知県刈谷市の本社で研修がありました。旅費はもちろん会社持ちです。海上に浮かぶ中部国際空港(セントレア)は関西国際空港に雰囲気が似ていました。私にとっては初の愛知県だったので、名古屋市に行けるかなと期待していましたが、叶いませんでした。

研修では、多くの派遣社員が働くトヨタ自動車の工事を見学し、ライン作業を見ることができて、勉強になりました。「安全第一」が印象的でした。

夜は派遣社員が暮らす社宅に泊まりました。「ホテルに泊まれるかな?」とちょっと期待していましたが、考えが甘かったです。

工場見学や社宅に泊まったことは、後の面接で活かされ、応募者からの質問に答えることができました。実際に目で見たり、体験するっていいですね。

業界用語で「飛ぶ」という言葉がありますが、これは県外派遣後に「失踪する」ことを意味します。応募者の中にはずる賢い人もいて、最初から「飛ぶ」ことを目的に、面接を受ける人もいました。残念ながら私が担当した人の中にも「飛んだ」人がいました。何かしら問題を抱えて、沖縄に住めなくなったんだろうと同情もしますが、他人(会社)のお金で県外に逃げるって、どうなんでしょうね。上司からは「夫婦やカップルには気を付けろ」と教えられました。

高校を卒業したばかりの男子3人組を県外に派遣したことが記憶に残っています。この子達は親の承諾を得ないまま、働きに出ようとしていたので、一悶着ありましたが、私から保護者に会社や仕事内容、社宅について説明して、ようやく理解してもらうことができました。大変な思いもしましたが、達成感を味わうことができました。

そうこうしている内に、ようやく次の仕事が決まったので、退職することにしました。あの嫌な先輩は私が転職する会社の面接に落ちたことがあり、私のことを羨ましがっていました。ざまあみろ。

働いた期間は3ヶ月でしたが、教員の経験が活かされた仕事で、他人のために尽力することに生きがいを感じることができました。

次回は生命保険外交員のお話です。

■筆者information

沖縄素潜り人 「 One Breath 」
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