ある詩人の場合 第2回


エッセイみたいな詩。


詩を書いていると話すと、「詩と俳句は違いますか?」と聞かれることが最近増えてきた。
TBSの番組「プレバト」で、俳句がお茶の間でおなじみの存在になったからだろう。
俳句は五七五だが、詩は字数の決まりはない。
しかし俳句の中には、自由律俳句という字数の決まりがないものもある。

その少し前までは、「詩とエッセイは違いますか?」とよく聞かれていた。
もちろん違うのだが、わたしは“詩でエッセイしている”ようなところがある。
日常の中での違和感を、平易な言葉で鋭く描きたい。
元々エッセイを書きたい人なので、そういう作風の詩しか書けない。

そう、エッセイが好きなのだ。
小学校の頃から、小説本編より、作者の素がにじみ出るあとがきを真っ先に読んでいた。
好きな漫画は『ちびまる子ちゃん』。特に3巻がお気に入り。
社会人になると、小説よりエッセイを読むことが増えてきた。
気付けば、見ているテレビはトーク番組ばかり。
例えば金曜は19:30から「おしゃれイズム」を、23:00からは「A STUDIO+」を見ている。
SNSでも、他の人の投稿や記事のシェアばかりしている人を見ると、「いや、あなたの話が聞きたいんだ」と思ってしまう。
その人が考えていること、取り組んでいることに興味がある。

大学の時に聞いた話なのだが、わたしの世代で詩を書く人は2タイプに分かれるそうだ。
元々詩集を読んでいて詩を書き始めたタイプ、歌詞に影響を受けて詩を書き始めたタイプがいるという。
私は後者である。高校の頃も詩を書いていたが、それはその頃聴いていたJ-POPの歌詞の影響を受けている。
TAKURO(GLAY)、Cocco、椎名林檎の3名が書く歌詞は、高校生のわたしに多大な影響を与えた。
語彙の豊かさ、意表を突いた表現と世界観に、たくさんの刺激を受けた。
あの頃のわたしには「あなたの詩Coccoっぽい」などと言われることが、褒め言葉だと思っていた。

やっと自分らしい詩が書けるようになったのは、センター試験の時だった。
センター試験を受ける、たくさんの茶髪の人の後ろ姿を見て書いた、「後ろ姿の十八、十九」という詩である(第一詩集『ラジオをつけない日』収録)。
“詩でエッセイしている”作風への第一歩だった。

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