ある詩人の場合 第10回


詩人と「復帰10年後っ子」

2022年になり、テレビも新聞も復帰50年で盛り上がり始めている。
そう、沖縄は1972年に日本に復帰した。
そしてその10年後1982年に私は生まれた。
1972年に沖縄に生まれた人たちを「復帰っ子」と呼ぶ。
今年50歳になるにも関わらず、未だに「復帰っ子」と呼ばれ続けている。
1982年生まれの私たちは「復帰10年後っ子」である。
私が勝手に名付けただけで誰もそう呼んではいない。

復帰というと遠い昔のようなイメージだが、自分が生まれるほんの10年前のことかと思うと少し身近な感じがする。
復帰前まであったアメリカ世というものが、案外そう遠くはないのだと思わされる。
他の1982年生まれが同じようなことを考えているか、聞いたことはない。

ちなみに1982年生まれの有名人と言えば深田恭子である。
他には小栗旬、永山瑛太もいる。
彼らも今年40歳になるのだ。

「復帰10年後っ子」は、小中高を過ごした1990年代のJ-POPに思い入れがあると思う。
プリンセスプリンセスの歌が素敵だと思っていた小学校低学年。
リンドバーグのパワフルなボーカルも好きだった。
ZARDの「揺れる想い」の清涼感溢れるサウンドに衝撃を受けた小5の夏。
中高の頃は小室ファミリー全盛期。
安室奈美恵、MAX、SPEED、沖縄から全国で人気者になっていく、歌って踊れるスターに夢中だった。
もちろんその頃のCDは8㎝。なぜか細長いジャケットが懐かしい。
歌って踊れるとは違った路線で輝きを放つKiroro。
沖縄でのインディーズ時代から好きで、FM沖縄で持っていた番組にハガキを出したら返事が来て驚いた。
中3の時からハマりだしたGLAY。
ほぼ同じ頃Coccoにもハマりだした。
同世代でCoccoに影響を受けた人は多いだろう。
高校1年の冬、同学年の宇多田ヒカルの登場に衝撃を受ける。
高校の頃は椎名林檎が好きで、「幸福論」のMVの一場面を版画にした。
放送部の友達にお願いして、昼休みに『勝訴ストリップ』から何曲か流してもらった。
高校の先輩であるモンゴル800の活躍も素晴らしい。
高校の時に作った歌を今でも歌っているってすごいとライブに行くたびに思う。

ざっと振り返ってみた90年代J-POPと私。
ラジオで90年代のJ-POPが流れると、かなり気分が上がる。
詩人という立場上、「こんな本を読んできた」という話をする機会はあるけれど、「こんな音楽を聴いてきた」という話をする機会がないのでそういう機会がほしい。
ないなら自分で作ろうか?

■筆者information
【著者サイト】https://mumirock1.wixsite.com/hiroko-toma
【Twitter】@hirokotoma
【Instagram】@hirokotoma


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