日常から“心の備え”を。震災を思い出し伝えたいこと

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日常から“心の備え”を。
震災を思い出し伝えたいこと


3月11日は東日本大震災が起きた日、今年は10年の節目ともあり、当時や復興の様子、未だ抱える問題などがいつもより多く報道されています。そういったニュースを機に、防災グッズや耐震グッズなど“物の備え”を準備する方もいるでしょう。そしてこのような大災害に限らず、日々の生活には小さな地震や暴風雨、台風、火災など、“備え”があればと思えることが意外とあるんです。
実はこの「ふらびゅ沖縄」を作る私も、12歳の時に阪神淡路大震災で被災し自宅を失ったきっかけで、沖縄移住してきました。ここでは場所や規模は違うが、実際の被災経験を元に伝えたい“心の備え”を、役立ちサイト・体験談と共にご紹介します。

経験から伝える、避難時の5行動

実際の災害時に避難する方法は場所や状況でも様々です。その中で「こうだとより安全・安心」という、知っていて損しない情報と、これもあると便利と思えるアイテムを紹介します。

① 大きく揺れたら扉を開けて

震災や火災、水害、山崩れ、大きな事故などでも、衝撃で建物が歪み、扉や出口が開かず外に出られないという問題が起きることがあります。避難経路の確保はとても重要です。ぜひ「これは…」と思った瞬間、側にある扉や玄関、窓などを大きく開いておきましょう。しかし窓や扉のガラスが割れて危険な可能性もあるので、開けた後は状況が落ち着くまで離れることも大切です。

② 離れる時はガスの元栓を閉めて

阪神大震災では地震後に起きた火災で、被害が拡大した地域もありました。中には地震で止まった電気が普及する際、何かしら発生してしまった火花などとガス漏れが合わさり、大きな火災に繋がったケースもあります。せっかく揺れで難を逃れた建物も、こうして失われる可能性もあるため、避難で建物を離れる時には、出来る限りガスの元栓を閉めるのをおすすめします。

③ 外に出る時「島ぞうり」はNG

外へ避難をする時に、余裕があれば靴選びをおすすめします。急ぐ気持ちでパッと履けて、玄関にいつもある「ぞうり」を選びがちですが、外はどんな危険な状況かわかりません。建物の破片やガラス、道路の割れ目、散乱する物で怪我をする恐れもあり、そのまま何時間も歩く場合もあります。島ぞうりに限らずミュールやサンダルなど、肌の出る履物・底の薄い靴は避け、ブーツやスニーカー、革靴などの硬い靴を選ぶようにしましょう。特にお子様の足元は何を選ぶか注意しておきましょう。ヒールの高い靴しか無い場合は、できるだけヒールが太く肌の露出が少ないものがいいでしょう。

④ 居場所を知らせる張り紙をして

会社や自宅から避難をする時は「誰が・どこへ」避難するか、目立つ場所に張っておくと安心です。誰もが携帯電話を持つ時代ですが、災害時は繋がらない・充電切れ・相手が電話を紛失しているなど、外出中の人と連絡が取れず、互いに不安な時間を過ごす可能性もあります。また地域の人や自治体が安否確認にくる事もふまえ、避難先を残しておくことは大切です。

⑤ 持っていると使える、防災グッズの+アルファ

● 紙おむつや女性用ナプキン
吸水性もあり清潔に保たれているアイテムとして、怪我の応急処置や、トイレに長く行けない時にも役立ちます。日常的に取替をするアイテムなので、災害時に手元に替えがなく困っている人がいれば助けられます。

● 大きめのTシャツ
大きめであれば体型を気にせずどんな人でも着用できます。動きにくい服装や破れた服の替えだけでなく、防寒、丸めて枕、肌を守る、包帯やタオルの代わりなど、万能に使える布として、防災グッズに1枚加えることをおすすめします。

● ヘアゴムや紐など
小さなことですが、実は避難所に入った直後「あればよかった」と思ったアイテムでした。髪を束ねる、止血する以外にも、洋服の固定、切れた靴紐の代わりなど身につける用途の他、オムツ入れやトイレ代わりの袋を閉じて匂いを抑える、貴重品を体に固定するなどの場面で活躍します。

防災情報が集約された「沖縄防災情報ポータル」の活用

台風や災害時に最も必要な「情報」です。沖縄県では沖縄防災情報ポータル「ハイサイ!防災で〜びる」から、その時々に必要な情報が発信されています。避難勧告や注意報・警報、気象やライフラインの防災関係に関する情報が表示されていて、市町村ごとの情報も得られます。 
PC版と携帯版があり、TwitterなどのSNS、メールでも配信をしています(要登録)。なので、ぜひこの機会にチェックしてみてはいかがでしょうか。

沖縄防災情報ポータル
「ハイサイ!防災で〜びる」
http://www.bousai.okinawa.jp/
(スマホ用)http://www.bousai.okinawa.jp/sp/

旅先での災害、その時に出来ること・助けられること

災害はいつどんなシチュエーションで起こるのか予想ができません。それは楽しい旅行中、見知らぬ土地で起きるかもしれないのです。ここでは2018年に起きた大阪府北部地震発生時にライブツアーで大阪に滞在しており、当日は沖縄へ帰る日だったという兄弟ボーカルユニット「TWO★STAR」のお2人に、実際にどんな行動をとったのか聞いてみました。

Mackey(兄):2018年あたりから毎月県外ライブを組んでいたので、大阪も数回目と土地勘が少しついて来たかなと言う頃でした。だいたい3泊4日で行くので、確か月曜のその日は午後に沖縄へ帰る日でした。その日は2人別々に宿泊していて、僕は枚方市にある友人の家にいたんです。地震は直前に起きてボーッとしている時間にきました。
Shu-ta(弟):僕は難波にあるホテルに泊まっていて、起きようかなと言う頃に地震がきました。ドーンと大きな音が鳴ってから急に激しく揺れた気がします。正直言うとしばらく意味が分からなかったですし、立とうと思っても無理な状況で、何もできず横になったまま天井を見ているだけでした。

住宅地と都心のホテル、地震発生時に環境の違った2人が、それぞれどのようにして空港へたどり着いたか、観光地である沖縄も学ぶべきヒントが多く聞かれました。

Mackey:友人も大地震は初めてで2人ともパニック、揺れが収まるまで外に出るのは危険だと思い、物が落ちてこない場所で耐えていましたが、壁にヒビが入っていくのも見えて恐怖でした。とりあえずShu-taに電話して無事を確認、早めに空港へ向かい空港で合流しようと約束し、ニュースを見ると電車が全く動かないと知りました。「沖縄に帰れない」と焦る僕に、友人が近くから高速バスが出ていていることを教えてくれ、調べても全然分からなかったので助かりましたね。
Shu-ta:ホテルからアナウンスはなく、宿泊客からの問合せが殺到していて大変そうでした。だから1人でテレビとネットで状況把握をしたり移動手段を探しました。出る時に一度ホテルスタッフに、電車の事を聞いてみたんですがわからないとの事、結局は駅に行かないと復旧状況も知れないと考え、大きな駅まで歩きました。土地勘がついてきた頃だったからこそ、ある程度は落ち着いてた気がします。出勤途中のサラリーマンと電車を探す異様な光景でしたが、皆が個々の判断で動いてて誰もがスマホを見ながらウロウロしていました。駅員さんも「ここは入れない」と制止するだけで詳しい案内はなく、状況把握や判断ができなかったんだと思います。

Shu-ta(弟)
Mackey(兄)

Mackey:その頃バス停についた僕は、直後の1本は空港へ向かうが、その後は分からないと言われすぐ乗りました。最初はガラガラだったけど空港前ではいっぱいに。車内で他の交通網が不通だと見て、本来は難波で合流してから空港へ行く予定だったのを、すぐ空港待ち合わせに変更して良かったと思いました。バスは電話で予約できないと言われ、すぐ現地に行き確認したことも良かったですし、そもそも高速バスの存在が浮かばなかったので、地元の友人から聞けた事が大きいです。朝早く出たけど到着はギリギリでした。バスも通行止めや遠回りなどをして、いつもより時間がかかっていたと思います。早く行動に出たことも良かったです。
Shu-ta:僕は1人だしSNSをフル活用しました。本当にSNSは凄いです!誰に聞いても行ってみないと分からないとしか言われない、けどSNSにはそれぞれ現地の状況をみんなが必死で書いていました。「地震・大阪」とタグを付けて、誰もが情報を共有していました。そのSNSを見て動くので、1人が見つけてその方向へ向かうと、次々に同じ情報を見てずらずらと大群になる、誰が先にたどり着けるかって雰囲気になってきてました。そしてJRとか大きな駅が動くより先に、空港直通の路線が復旧したとSNSで知り、すぐに歩きました。2時間くらいはウロウロと歩いていたので、電車に乗れた時の安心感は半端なかったです。

求められるのはリアルタイムの正しい情報

Shu-ta:あの時、Twitterがなかったら正直難しかったかもしれないです。現場には情報元となる人が大勢いるんです。だからリアルタイムで早いし正確なんです。
Mackey:仕事は?家族は?学校は?朝の時間帯なのでみんなが迷っていたと思います。そういった情報もSNSならあったかもしれないですね。
Shu-ta:必要なのは冷静に状況把握してからの共有です。みんなが駅員を頼って目的地に行きたい気持ちで溢れていました。だから人の流れにのって動けば何とかなるかなと言う空気もあり、スマホを見る人は次は誰がいち早く歩き出すかって競争みたいな雰囲気にもなっていました。
Mackey:僕の場所でも皆さん慌てて駅に向かう人が多かったです。先に僕はバスがあると分かっていたので、反対方向のバス停へ向かいましたが、自分で交通手段を探していた時点ではニュースや路線アプリだったので、情報が無かったら僕もその中にいたと思います。そして早めの判断と行動が2人無事に帰れた1番の点だと思いました。

2人の体験からも、地元の人・SNSと「現場の声」の重要性を感じました。だからこそ災害時に発信されるSNSは、正確さと分かりやすさが求められ、言葉や発信元も重要な内容なのかの判断材料だと思います。自分が今どこにいて何でそれを知ったのかなども伝え、他の発信を拡散する際も、今それを行うべきかなど、1人1人が思いあって広げていく事が大切だと思いました。
また沖縄の場合、災害時に旅行者が近くにいたり、迷っている様子を見かけたら、声掛けをしあって目的地や困りごとを、シェアしていく気持ちも大切だと感じました。

Mackey:飛行機は遅れもなく普通に飛んで、沖縄に着いた時は本当に安心しました。
Shu-ta:自分たちは情報も動きも早かったけど、乗れなかった人も多いはずですね。
Mackey:僕たちの妹も東日本大震災の時に修学旅行で東京にいて、出かけ先の施設や周囲の人に助けてもらったと聞いてました。だからこそ助け合うことは本当に大切、情報共有の出来ない人は積極的に自分から声をかけて、聞き出してほしいと思います。
Shu-ta:情報のおかげで冷静に判断ができました。旅先でも災害時の対応や移動手段、逃げ場所なども先に見て頭に入れておくと、いざという時に思い出せると思います。冷静に判断ができれば安全な行動を選べると思います。
Mackey:それまで何かを備える事は無かったんですが、母は家族別々の時に災害があったらどこに集まるかと、よく言うようになったし、水を貯めたりポークとかも非常用に隠しておくようになりました。1人暮らしなら近所の方と接して知っててもらったり、日頃からできることは多いと思いました。

旅先での経験を通して、日頃の備えも家族で共有できたそうです。昨年は県外へ行く機会が減った分、YouTubeでも大活躍中のお2人、素敵な笑顔で届けられる歌や動画の側にも、ちょっとした防災意識があるんだなと知り、親近感も高まり、皆さんにも“心の備え”を考えてもらえるきっかけになればと思いました。

TWO★STAR
VO.Mackey(兄)、VO.Shu-ta(弟)の兄弟で活動するボーカルユニット。
Twitter:https://mobile.twitter.com/2starofficial​
Instagram:https://www.instagram.com/twostar.official.okinawa/
YouTube:【にぼし生活】沖縄グルメ紹介チャンネルですhttps://www.youtube.com/channel/UCEJONZ3M16dXz2aS45gzYyw



まずは落ち着いて、自分や周囲を守る行動を

日頃から「もしも」を想定し、社内や家族で話し合っておくと、突然のパニックでも「こうして、こうしたらいいんだ」と冷静な対応が取りやすくなります。特にお子様のいる家庭や、仕事に行く人がいる家庭なら、家族の待ち合わせ場所を決めておくことをおすすめします。近隣の避難所確認はもちろん、何かあった時にはまずは実家に行く、次に自宅に、次に学校へ集まるなど、その場所や順番を話しておくと、行き違いを少なくし見つからない場合の捜索へ早めに切り替える事もできます。
近隣との交流が減っている近年、ご近所さんを知らない、隣家族の構成を把握していない場合も多いです。そのためにも避難する時はしっかり「誰が・どこに」と張り紙をし、連絡がつかない場合は「どこに行く」かを把握しておきましょう。

家族や友人・知人と行動をともにすること、孤独を防ぐことこそが、人的な二次災害を防ぎ、早く日常を取り戻すのに大切なことではないかと、災害の経験者として伝えたく思います。

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